未来派的「速度」と21世紀へのアヴァンギャルドの提案

1.速度の表現

1909年にフィガロ紙に発表されたマリネッティの「未来派創設宣言」の4項と8項では、「速度」について次のように言及されている。

 4項、咆哮をあげて疾走する自動車はサモトラケのニケより美しい。
8項、我々は時代の最先端の岬にいる。時間と空間は昨日死んだ。我々は偏在する永遠の速度を創造した。

この2つから導き出される、「速度」の美学の実践として、たとえばマリネッティは自由詩「ザン・トゥム・トゥム(ZANG-TUMB-TUMB)」の中で戦闘中の銃声の表現を試み、バッラは瞬間の表現を試みている。このように、芸術を通じて表される対象が「過去」に属するものから、「現在」起こっている現象へと近づいていったのである。それでは、未来派の芸術家たちは、なぜこのように「現在」に着目した制作を行っていったのだろうか。 “未来派的「速度」と21世紀へのアヴァンギャルドの提案”の続きを読む

“the given”からの解放による永遠の獲得 ――養老天命反転地での経験を通じて

養老天命反転地についての荒川氏と谷川俊太郎氏の対談が印象深い。当対談中、荒川氏は次のよう発言をしたとのこと。「(養老天命反転地は)与えられたもの(=“the given”)から自由になれる場所である」と。ここで言う「与えられたもの」とは、自己が出現したときにすでに存在していた共同体を指す。さて、この“the given”から我々はどのように自由になり、また自由になることで何がどのように変化するのだろうか。 ““the given”からの解放による永遠の獲得 ――養老天命反転地での経験を通じて”の続きを読む

バンジャマン・フォンダーヌについての覚書

再びバンジャマン・フォンダーヌについて調べなければならないと感じている……。とはいえ、フォンダーヌは放浪する「ユダヤ」ないし「ユリシーズ」という印象が強いので、そこをどう脱臼させるかがポイントかと。 “バンジャマン・フォンダーヌについての覚書”の続きを読む